差別

差別には複数の形態が存在するが、

その全ては何らかの除外行為や拒否行為である

 

 

現代ではスモーカーの肩身は狭い。

一番の理由は改正健康増進法である。

 

学校、病院、行政機関の

敷地内禁煙が義務化された。

 

上記は健康影響の大きい子どもや

お年寄り、患者等に配慮したものだ。

 

ただし、最近はどこもかしこも

敷地内禁煙、灰皿を撤去している。

 

 

歴史を振り返ると

黒人、ユダヤ人、先住民族

性的マイノリティ、女性と

多くの人が差別を受けた。

 

そのため、ダイバーシティでは

肌の色、人種、出身、性的嗜好、性別に

とらわれない

多様な価値観の尊重と謳っている。

 

しかし、どうだろう?

その中に喫煙者は含まれない。

たばこを好む嗜好は含まれない。

 

残念なことに前に挙げた

差別を受けた人たちの中に

この喫煙者排除に声をあげている人がいる。

 

 

なぜ差別が起きるのか?

これも歴史が物語っている。

 

江戸時代の身分制度士農工商である。

実際にはその下に差別を受けた

穢多・非人が存在する。

 

この身分の人たちについては

学校の教科書に載っていない。

漢字検定二級のiPhoneでも

簡単には変換できない。

 

この身分の目的は民衆の不満を

上ではなく他にそらすためである。

 

韓国政府が行う反日運動といえば

分かりやすいかもしれない。

 

お上が差別を煽動するため、

当然世論になる。

 

民主主義の最強の刃である。

 

 

歴史は繰り返す。

人は同じ過ちを繰り返す。

 

喫煙者を排除した後は誰だろう?

 

持病持ちの人だろか?

子ども、高齢者だろうか?

はたまた高収入の人間だろうか?

 

社会的弱者に理由は必要ない。

 

最強の刃で切り捨てられるのは…

 

あなたかもしれない。